新葛飾橋という、東京都と千葉県の境目にある橋を渡り、千葉県松戸市へ突入する。全長442m。長い橋をわたるというのは少しワクワクしてくる。松戸市のイメージというと、松戸駅のイメージがどうしてもあって、まだまだしばらく都市というか住宅街的な風景が続くだろうと思っていた。だが、現実は、畑畑畑。どこを見ても畑。使わなくなった風呂釜が畑においてあるくらいにノドカな風景が広がっていた。

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ここらへんに「買います」とだけ書かれた看板があった。何を買うんだ。

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「あれ、松戸ってこういう街だっけ。」というふうに思った。面白いのは、手前の東京都との対比だ。向こうには高いビルが建っているのがぐんぐん見える。でも、ここは畑畑。ここは良い風景だ。ぜひまた来てみたい。このあたりは、国道6号線を直接歩くことはできないので、便宜上作ったよ!的な道路やトンネルがたくさん作られている。トンネルはレンガ造りでなかなかオシャレなのだが、落書きがひどい。こんなところで不良的な人に出会って、逃げることになったら、どうしよう。とドキドキする妄想をしながら3つくらいあるトンネルをくぐっていった。幸い、そういう人には遭遇しなかった。まだ、明け四つ くらいなので、そういう人はなかなか出会わないのだろう。よかったよかった。先に進むと、千葉大学の園芸部があった。こんなところにキャンバスが。さぞかし来るのは面倒だろう。

千葉大学の付近にあるトンネルをくぐって行くと、いままでの田園風景は消え去り「いかにもな雰囲気の国道」が現れる。「いかにもな雰囲気の国道」といってピンと来ない人と来る人がいるだろう。これは僕の中での「いかにもな雰囲気」のことだ。多分、人によってこの定義は違う。たとえば「ケーズデンキとかヤマダ電機とか、コジマがある」とか「カーディーラーが高頻度で現れる」とか。 「客が入っていないようで結構入っているラーメン屋」とか。自分の中での話。

「いかにもな雰囲気の国道」について考えていると、そういう雰囲気はなくなり、住宅街と畑が増えてくる。「二ツ木向台遺跡」という看板が建っている場所を見つけ思わず入る。なんか入りたくなるよね。こういうの。しかし、こういう場所の階段ってのはなんで厳しいんだ。しかも、「遺跡」なので当然何もない。引き上げる。少なくとも、この日の間に2、3回はこういう行為をすることになる。

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松戸を超え、北小金駅前の通りへ。水戸街道の、4番目の宿場として栄えた街の1つという看板が建っている。ココらへんから、僕の中の脳内水戸黄門が展開される。水戸黄門の世代ではないはずだが、脳内の「八兵衛」が「ねぇねぇ、もう休憩しましょうよ。もう足がクタクタです。ほら、そこのサテンでパフェでも食べましょうよパフェ」とか。言ってくる。「格さん」は、「さっき休憩したばっかりでしょ。」っと罵ってくる。「黄門様」が、「そうですね。ココらへんでそろそろ休みますか。」と言ってくる。コンビニで適当に甘味を買い、公園でなんか食う。子供が朝から騒いでいて良し。しかし、なんで水戸黄門なんだろうか。水戸街道だからか? なんて単純な脳みそなんだろう。

脳内の水戸黄門はおいておいて、小金という街は面白い。そもそも、こっちには来る予定はなかった。元々は国道6号線を通じて、まっすぐ柏へ向かうつもりだったのだが、「水戸街道旧屋敷」という文字に釣られてしまった。実際、これは正解だった。今でも現役な古民家や当時の道案内のための石が立っていたりした。立派な東漸寺という、徳川家な御門が使われた立派なお寺もあった。さらに、良いことに御忌(ぎょき)まつりという祭りをちょうど開催していた。「御忌」というのは、法然上人が亡くなられた日を期して行われる浄土宗のイベントらしい。でも、それでこんなに縁日みたいにワイワイしちゃっていいのかな、とも思ったのだった。宗教か風習ってのはなかなか分からない。ちょうど良いので、ここで旅の無事を祈ってお参りをすませることにした。宗教が分からないとか言っておきながら、祈りを捧げるってのは、なかなか日本人的だなぁと感じた。

2014-04-26 10.00.19

そんな小金宿をあとに、柏へ向かう。小金宿に関しては、また単体で観光に行きたいと思っている。時間を潰しても良かったと今更ながら反省。このくらいから右膝が痛くなってくる。歩き方のせいなのか、右膝が先に痛くなった。今度接骨院に行って見てもらおうと思う。足が痛い。そんなことを考えている間に、柏についてしまった。僕は調子に乗っていた。始点より、6時間 37,958歩 31.10km。なかなか順調じゃないかと感じてしまった。脚は多少痛いが、もうちょっと行けるんじゃないか。そういう希望に満ちた事を考えていた。

お昼は喫茶店でスパゲッティでもいただき、大道芸人と思われる女児ががんばっていろいろやっててすごいなぁというのを横目に進んだ。賑やかな街ではあったのだが、いかんせん賑やかすぎて抜け出したいという感情が先に出てしまった。北柏駅付近、柏駅から2.5キロしか離れていないのに、国道はすっかり、「いかにもな雰囲気の国道」へと変化していた。一瞬我孫子(あびこ)市に入り、県道7号へ。4時間ほど歩いた国道6号な世界とも、ここでお別れである。そしてまた、柏市へ。

歩いていると、でっかい看板で、「布施弁天」の案内が現れ始めた。関東三大弁天らしい。まず「弁天」ってなんだ。これも後になって調べた。

弁才天(べんざいてん)は、仏教の守護神である天部の一つ。ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー(Sarasvatī)が、仏教あるいは神道に取り込まれた呼び名である。 – http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E6%89%8D%E5%A4%A9

仏教あるいは神道にっていうのが日本らしい。しかも、ヒンドゥー教が出てきてしまった。おいおい。実際、何か混沌として面白い場所だった。鳥居あり。でも「布施弁天 東海」。で、なんだかのご利益がありそうな像やらが立っていたりする。日本庭園やらオランダっぽい風車があったりもして。でも、非常に心やすらぐ空間であった。こういう場所を散歩している老夫婦っていうのは、いい。いつまでも一緒に良い散歩ができる夫婦は良い夫婦なんじゃないかというのが持論である。むしろ、「一緒に散歩をしたいから結婚するんじゃないか」とも思う。この考えは「散歩もの」(久住昌之原作、谷口ジロー画) から輸入している。久住昌之さんのエッセイとか漫画に影響を受け過ぎか、根本が似ているものがあるのかもしれない。

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なお、関東三大弁天のあと2つは、江ノ島と上野の不忍だそうだ。また勉強になる。
ここの日本庭園で休憩しながら、ここで帰ろうかな。とも考えていた。ただし、ここの時点で柏駅まで向かうバスまで2時間待ち。

「渡っちゃうか。利根川。」この判断は、今思い返せば、馬鹿だった。

利根川にかかる橋は高台にある布施弁天から眺める限り、めちゃくちゃ長そうだった。しかも手前には、橋の前には田んぼ・田んぼ田んぼ。橋に行くには通常は引き返さなくてはならない。じゃあ、農道を行くぜ!と農道をうまく進み、橋の上に行くことに成功した。農道から上に行くには、階段などないので斜面の草むらを進むことにした。ここで大分、脚を傷めたと思う。
この橋は実際長かった。「新大利根橋」というらしい。利根川の幅も十分広いのだが、この橋は増水しても渡れるように、ものすごく長く架かっている。距離にして1.5km ほど。2010年までは有料だったらしい。この橋の上に行くのに、農道の変な道を行くか、橋の始点に行けなくてはならない理由はコレだと思う。この橋を徒歩で渡る人などほどんどおらず、自転車が走って行くばかりだった。大変後悔した。布施弁天で今日は止めておけばと。日陰や休むスペースは無く、どんどん体力が奪われていく。正直なところ、何回か倒れそうになった。

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なんとか渡りきって、茨城県に入った頃にはクタクタだった。閑散とした雰囲気のイオン取手店に入り水などを飲んでいた。お腹が空いているのに、食欲もわかない状態。結構危険な状態かもしれない。お楽しみにコンサートというのをやって演歌歌手っぽいのが居たけど、全然客が居なくて大丈夫かというのを心配できないくらい、体力が消耗していた。
どうにか最後の体力を振り絞り、南守谷駅(関東常総線)に辿り着いた時の安堵感はかつて無いものであった。結局この日は、57,594歩歩き、距離にして46.96km 休憩時間なども含め、9時間47分歩いていた。

反省点は大いにある。もっと1つの街にとどまっていても良かったかもしれない。楽しく散歩できるのは、20kmくらいが限度だということもよくわかった。コレ以上歩くことは、修行になってしまう。僕がしたいのは散歩であって、修行ではない。散歩であって、運動ではない。散歩であって、自分いじめではない。
次回から、もっと1つの街をじっくり見ていくことにする。むしろ、面白かったらその街で完結してもいい。そうしよう。そうしよう。

【次回予告】
南守谷駅から北へ向かう。
仙台駅まであと82里 (325km)

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